歩行と走行の脳・神経科学 -その基礎から臨床まで-
歩行と走行の脳・神経科学 -その基礎から臨床まで-
ヒトの動きの神経科学シリーズⅡ
編著者
大築立志 前東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系
鈴木三央 社会医療法人大道会 ボバース記念病院リハビリテーション部
柳原 大 東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系
執筆者
青井伸也 京都大学大学院工学研究科制御工学研究室
稲村一浩 星ヶ丘厚生年金病院リハビリテーション部
荻原直道 慶応義塾大学理工学部機械工学科
久保田競 国際医学技術専門学校
小宮山伴与志 千葉大学教育学部
瀬川昌也 瀬川小児神経学クリニック
花川 隆 (独)国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
中澤公孝 東京大学大学院総合文化研究科身体運動科学研究室
永島智里 森之宮病院リハビリテーション部
中陦克己 近畿大学医学部生理学
林 克樹 誠愛リハビリテーション病院リハビリテーション部
藤原素子 奈良女子大学文学部
古澤正道 ボバース記念病院リハビリテーション部
保苅吉秀 順天堂大学医学部附属順天堂医院リハビリテーション科
松山清治 札幌医科大学保健医療学部 作業療法学科
森 大志 山口大学農学部生体機能学
山本朋子 星ヶ丘厚生年金病院リハビリテーション部
(五十音順)
書籍データ
【発行日】 2013年6月
【判型】 B-5
【ページ数】 248
【図表】 図164 表6
序文
ヒトを含むあらゆる動物の生活において、移動運動は必要不可欠な生活行為である。
動物の中には動かずに獲物が近づくのをじっと待っているものもいないわけではないが、基本的には食物を得るためには全身移動は不可欠である。生命の危険を回避したり、配偶者を獲得するためにも全身移動は欠かせない。
2004年11月18日発行のNature誌の表紙には、全面にわたってBorn to runという大きな文字と走るヒトの姿が描かれ、その中に掲載された「持久走とヒトの進化」という論文には,ヒトは実は他の動物と比較してもきわめて優秀な持久走能力を有しており、その優れた持久走能力によって今日の進化的優位性を得たこと、そして持久走能力の進化と脳の進化が同時に起こっている可能性があることが述べられている。
科学技術の進歩の副作用ともいうべき運動不足が子どもや高齢者の体力低下や成人の生活習慣病の誘因となっていることが明らかになるにつれ、その解決策のひとつとして運動を取り入れたライフスタイルが奨励されるようになり、歩行や走行はその最も簡便で効果的な方法として広く利用されるようになっている。本書に書かれているように、歩行や走行に脳を中心とする神経系が深く関わっていることを理解するならば、運動不足は単に筋や心肺の機能を低下させるだけではなく、脳をはじめとする神経機能全般を低下させてしまうことがよくわかるであろう。
古代ギリシャの大哲学者アリストテレスは、散歩道(ペリパトス)を歩きながら学問を教えた。ドイツの哲学者カントは、毎日決まったコースを散歩しながら着想をメモすることを習慣としていた。これらの例からもわかるように、西洋では昔から歩行のような身体運動が知的能力を高める有効な手段と考えられてきた。Solvitur ambulando(困難な事態は歩くことで解決する)というラテン語の諺もある。本書17章に紹介されているように、これを裏付ける実験研究がここ20年ほどの間に多数報告されるようになっている。
本書はヒトの生活の根本を支える移動運動を、さまざまな観点から検討することを目的として編纂されたものである。1章、2章では,比較動物学的観点から、動物の移動運動についての基本的な事柄を、3章から8章では主に歩行に関する神経生理学的メカニズムを、9章から15章では神経疾患による移動運動障害とその治療をまとめてある。さらに、16章と17章には、日常生活のQOLをあげる手段としての移動運動の重要性を解説してある。
本書がヒトの移動運動の理解を深めることに少しでも役立てば幸いである。
2013.4.
編者代表 大築 立志
Bramble, D. M. and Lieberman, E. L.: Endurance running and the evolution of Homo. Nature 432: 345-352, 2004.