ヒトの動き百話 ―スポーツの視点からリハビリテーションの視点まで―

book0035

ヒトの動き百話 ―スポーツの視点からリハビリテーションの視点まで―

(book0035)

編著

市橋 則明(京都大学医学部 教授)
小田 伸午(京都大学高等教育研究開発推進センター 教授)

書籍データ

【発行日】 2011年2月刊行

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はじめに

あれから8年が経った。好評を頂いた「脳百話」に続いて、「ヒトの動き百話」を刊行することになった。脳百話を書きあげたときの喜びは今も記憶に新しい。研究の傍らサイエンスライティングに挑戦する楽しさは、その苦労を上回って余りあるものであった。それ以来、次は「ヒトの動き百話」を書いてみたい、という思いが膨らんでいた。
編者の研究室は運動制御研究室である。スポーツに関心が強いので、スポーツ科学研究室と名乗ることもある。毎年、研究室に入ってくる大学院生の心の奥底には、自分が体験してきたスポーツや音楽活動のなかで感じてきた面白さ、不思議さがある。研究の原点である。この思いを中心に据えて、本人も周囲も研究活動を推進していく。このことがいつのまにか小田研究室のモットーになって、代々引き継がれていった。博士課程の先輩たちが、学部生の卒論研究や修士1年生に対していつも問いかける言葉がある。「何を研究したいの」、「何でその研究がしたいの」。この「自分の中の研究の原点」は、普段の個人的研究コミュニケーションでも、研究室全体で行う研究ミーティングや学会発表練習会においても、いつでもどこでも研究推進の原動力となった。真実は自分の中にある。それを科学という手段で表す。科学が真実ではなく、自分の感性、主観のなかに真実があって、それを誰にでもわかる普遍的、明示的な形で表す営みがとてつもなく楽しいことなのだと、それぞれが気づいていった。
運動制御・スポーツ科学研究室である小田研究室が、京都大学大学院医学研究科の理学療法学講座の市橋則明研究室とご縁を得ることになった。2年半前のことである。二つの研究室の合同研究会の間を取り持ってくれた、当時院生で、現在カナダで歩行研究に従事している進矢正宏君(本百話の執筆にも名を連ねている)から、研究会の興奮と活気の様子が届いた。

『今から振り返ろうとしても、勉強会をしていなかったころが想像できない。それくらい自然な集まりだったと思う。人間・環境学研究科のスポーツ科学の小田研と、医学研究科の理学療法学の市橋研から、異分野との交流を通じて研究の幅を広げようと、月に一度集まって合同勉強会をしていた。筋生理学、神経生理学からバイオメカニクス、認知心理学に至るまで、多岐にわたるテーマを月ごとにそれぞれが持ち寄り、まだ世に出ていない、時には本実験も始まってもいないようなデータを見せ合い、それぞれの立場から遠慮なくコメントを出していた。私にとってとても有意義だったのは、当然だと思って省略した背景や研究手法に対する質問やコメントで、研究における常識はしばしばかなり狭いものであるということを思い知らされたことである。出したデータが発表前には考えもしなかった意味を与えられて、全く新しいストーリーが描かれるという様子を何回も目撃した。ヒトの運動を支配している法則を追求する過程で、その実験技術がリハビリの評価に使えるかもしれないと分かった時、あるいは高齢者の治すべきだと考えていた異常な動作と一流スポーツアスリートの動作との間に共通するものを見出した時、それは日常の研究室内のゼミでは得られない興奮をもたらしてくれた。勉強会は午後6時半からスタートで8時までの予定で行われていたが、議論が白熱して9時近くになることもあった。忙しい中を参加していただいていた小田先生・市橋先生には申し訳ないと(少しだけ)感じつつ、思いつくままに自由なディスカッションを楽しんでいた。そのあと近所の中華料理屋に入って10時、11時まで研究の話が続くことがあったのだから、相当に楽しんでいたのだろう。さまざまなテーマが入り乱れる浮遊感と、それでいて妙な統一感がある。読者の方々も本書の百話の中から、そんな不思議な楽しさを少しでも感じていただけたなら光栄の限りである』

スポーツ科学と理学療法学に関わる人間に共通して備わっている感性、それは、ヒトの動きに対するあくなき興味であった。たがいがそれぞれの執筆内容を見て、そのことに改めて気がついた。見開き2ページの中に、何を盛りつけ、どう料理するか。フルコース料理メニューのように書こうと誓い合った。最初の数行のイントロを、日常生活や、スポーツにおける身体や身体動作の不思議から始める。自分の中の原点である。イントロ、それはフルコースの料理で言えば、前菜だ。食べる人の目を楽しませ、食欲を引き出し、後に続くメインへの期待感を盛り上げる。前菜の次は、スープ。メインの論文知見を紹介する前に、イントロに掲げた内容は学術的にはどう言えるか、科学的知識のエッセンスを学術スープに煮込んでいく。さあ、いよいよメインディシュの番だ。お魚でも、お肉でもいい。イントロで書き起こした興味に関連する論文知見を噛み砕いて1,2編紹介する。最後の段落は、デザートの時間。科学の世界の面白さを探索していた読者は、気がついたら、日常や現実の世界に戻っている。筆者の小粋なウイットやユーモアの心遣いが、またこのレストランに来たくなるかどうかの最後のポイントでもある。見開き2ページの制約の中で、読み切りフルコースの作成にあたり、執筆者の院生諸君は苦労したと思う。その労をねぎらう意味でも、彼らの自分の研究の原点を世の中に問う意味でも、脳百話と同様に、百話の末尾に執筆担当者の名前を付記した。どこからでも、気にいったところからお読みいただきたい。浮遊感と統一感の食べ歩きを楽しんでいただければと思っている。
ヒトの体の動きの研究は、実に楽しい。研究してみないと分からないことが沢山潜んでいる。スポーツコーチング現場やリハビリテーションの臨床現場にとって有益な栄養素も豊富に含まれている。何を面白いと感じているか、それがなぜ面白いのか、という「自分の中の真実」についてはいっさい編者の手を加えなかったことは言うまでもいない。料理人の喜びは、レストランに来て料理を食べていただいた方々の反応で決まる。100のメニューの味に星がいくつ着くか。その評価は、読者の皆様の舌にゆだねられている。

平成22年7月 盛夏の京都にて
編 者 小田 伸午
市橋 則明
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